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星・雪・きらめき 緑の里 なよろ

風連の芸能・文化

風連獅子舞

風連町下多寄地区に伝わる「風連獅子舞」の歴史は、明治41年の下多寄神社創建時、地域内に出身者の多い富山県から当時の青年団長、山田次郎氏と有志、沼前岩松氏が獅子一式を注文して持ち帰り、沼前岩松氏が師匠となり、地域内の青年を集めて伝授・奉納したことが始まりです。
以来、獅子舞部を設けて練習に励み、毎年の下多寄神社での奉納行事として定着するとともに技量も向上し、大正時代からは町内外の行事に招かれるようになりました。さらに、戦後はテレビで全国に紹介されたこともあり、その活動は広く知られるようになりました。
この獅子舞を保存・伝授したいとの願いから、昭和36年3月に獅子舞部を解散し、改めて獅子舞保存会を設立しました。37年には、それまで使われてきた下多寄獅子舞の名称を『風連獅子舞』と改め、同年12月に風連町無形文化財の指定を受け、名実ともに本町を代表する郷土芸能として町内外での活躍を続けています。
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    下多寄神社祭奉納の舞
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    日本のまつり ふるさと旭川2000にて

御料太鼓

風連御料太鼓は、地域の青年たちが不用になった漬物樽や醤油樽をたたいて豊作を祝ったことに端を発します。昭和51年6月、日進中学校の安田建司教諭の指導のもとに12人の青年が集まり太鼓の演奏グループを結成し、日進地区の旧地名『御料地』にちなんで『風連御料太鼓』と命名されました。農作業後、連日夜遅くまで練習し、処女作『御料たる太鼓』を同年秋の、日進神社祭典で初披露しました。
昭和52年7月に日進地区の住民や日進地区出身者から太鼓や衣装の寄贈があり、本格的な創作活動に入ることができるようになりました。さらに同年9月に風連御料太鼓保存会が組織されました。地域を挙げての支援を受けながら練習に励み、地元行事はもとより町内外のイベントに出演など、活躍の場が広がりました。平成元年度の風連町文化奨励賞に続いて、8年度に風連町文化賞、10年度に上川管内教育実践表彰を受賞するなど、本町を代表する郷土芸能の一つとして活躍しています。
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    真冬の幻燈遊園
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    風連ふるさとまつり宵宮祭

風舞連

『風連町風舞連』は、平成3年6月の風連町しらかばまつりに友好交流都市、東京都杉並区の阿波踊り親善訪問団が初参加したことがきっかけで、その踊りに魅了された有志が集まり結成されました。
その後練習を積み重ね、現在ではふるさとまつり、しらかばまつり、阿波踊りサミット、神社祭典、町民文化祭といった町のさまざまなイベントをその踊りで盛り上げるなど地域文化として定着し、本町に欠かすことのできないものとなりました。また、町内だけにとどまらず、東京都杉並区の「東京高円寺阿波踊り」、札幌市で2001年1月に開催された「北の舞台芸術祭」など町外での活動も積極的におこなっています。
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    高円寺阿波踊り大会
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    阿波踊りサミット

お問い合せ・担当窓口

市民部 地域住民課 総務・税務係