星・雪・きらめき 緑の里 なよろ

風連地区の史跡

風連開拓発祥の地

  • 所在地:名寄市風連町字瑞生3486番地(23線基線)
明治32年の春、北海道庁によるタヨロマ・フーレベツ原野の区画測量が行われ、11月、測量隊員清水長次郎が20線付近に残り、渡し舟を始めた。これが風連地区に和人が住み始めた最初であると言われている。

風連駅逓発祥の地

  • 所在地:名寄市風連町字瑞生1192番地(20線基線 天塩川河川敷)
明治33年8月、20線基線東1番地に官設の「下多寄駅逓」が開設された。駅逓取扱人は大谷幸輔で、上川支庁から3頭の馬が配置された。

風連教育発祥の地

  • 所在地:名寄市風連町字瑞生1192番地(20線基線 天塩川河川敷)
明治35年3月、下多寄駅逓付近に小集落ができると、医者の今川実の長男良策が、自宅の1部屋に7,8人の子供を集め勉強を教え始めた。これが風連地区での教育の始まりと言われている。

風連水田開発発祥の地

  • 所在地:名寄市風連町字中央903番地(29線東1号)
明治33年、29線東8番地(字中央) の日根野熊蔵の入植地に水田が造られていたことが、地目別課税台帳に残っている。その後、明治38年に初の米の収穫があったという。

風連澱粉工場発祥の地

  • 所在地:名寄市風連町字旭2320番地(30線東8号)
明治42年に桑原留吉が30線東8号に澱粉工場をつくり、これが風連地区での最初の澱粉工場と言われている。大正期には澱粉景気となり、工場も家内工業から馬力、水力へと発展した。

フーレベツ簡易教育所跡

  • 所在地:名寄市風連町字中央1055番地(25線東7号)
風連と名寄を結ぶ8号道路(旧国道)の工事が始まると、父母がこの工事で得た賃金で学校を建設した。明治36年11月26日、この地に校舎が落成し、37年1月20日フーレベツ簡易教育所が開校した。

風連亜麻工場跡

  • 所在地:名寄市風連町383番地(27線東4号)
大正6年、北海道亜麻工業株式会社風連工場が27線東4号に設立された。当時は風連唯一とも言える工場で、男女40人ほどの職工が働いたが、昭和2年11月に閉鎖された。

日進湖畔遺跡

  • 所在地:名寄市風連町字日進2260番地(御料ダム湖畔)
昭和39年9月に名寄高等学校定時制の郷土研究部員により発見され、同年発掘調査を行なった。元は風連別川の支流長根川の左岸で、縄文時代後期の土器片、石器などが出土した。

風連日進遺跡

  • 所在地:名寄市風連町字日進2152番地(御料7線)
風連別川左岸の標高170メートルの段丘上にある。昭和39年に発掘調査され、縄文時代中期の「押型文土器」が出土したほか、石鏃などの石器が出土した。

風連地区の文化財リーフレット

リーフレットの表紙の画像
名寄市の指定文化財のうち、風連地区の「風連獅子舞」「グイマツ」について紹介するリーフレットが出来ました。
「風連獅子舞」は、下多寄地区への移住者たちが出身の富山県から伝えたもので、明治時代からの伝統を持つ無形文化財です。また、「グイマツ」は、東風連小学校校庭にあり、樹齢96年(平成19年現在)と言われる天然記念物です。リーフレットには、それぞれの概要と風連町時代からの保存経過を載せています。加えて風連地区の史跡についても「風連開拓発祥の地」「風連教育発祥の地」など、9箇所の解説を載せています。
名寄地区の文化財についても「名寄教会会堂」「ミズナラ林」「鈴石」「高師小僧」を紹介するリーフレットがありますから、合わせてご利用ください。
いずれも希望者には無料で配布していますので、北国博物館、風連福祉センターの窓口までお越しください。

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北国博物館