星・雪・きらめき 緑の里 なよろ

名寄岩

名寄出身の元大関「名寄岩」

化粧まわし姿の写真
昭和7年から29年まで力士「名寄岩」が角界で活躍しました。最高位は大関。現役中に糖尿病をわずらい、そのほかにもたくさんの病気を併発し、「病気のデパート」というあだ名までつけられるほどでした。そのような状況でもあきらめることなく、力士であることに誇りを持ち、相撲をとり続けました。一時は前頭14枚目まで番付を落とし、三役復帰は不可能と言われながらも関脇へ復帰。名寄岩の不屈の精神で成し遂げた奇跡の復活は、相撲ファンばかりでなく敗戦直後の多くの日本人に勇気と希望を与えました。現役時代後半の昭和25年5月と27年9月に敢闘賞を受賞。そのひたむきな努力に対し、引退直前には異例の特別表彰が授与されました。
取り組みの様子の写真
名寄岩の本名は岩壁静夫。大正3年9月27日、現在の小樽市周辺の村で生まれ、生後数ヶ月の時に家族とともに名寄に移住。幼少時代から夜間中学を卒業するまで名寄で過ごしました。その後、鍼灸師の資格を取得するために上京。相撲の街・両国にある鍼灸学校に通い、そこでスカウトされて立浪部屋に入門。入幕後は、双葉山、羽黒山とともに「立浪三羽烏」と呼ばれ、人気を博しました。四股名「名寄岩」の由来は、郷土の「名寄」と苗字・岩壁の「岩」をあわせて、親方が与えようとした別の四股名を断り、自ら名づけたといわれています。
郷土の名を全国に広めた元大関・名寄岩。当博物館では、常設展示室内に名寄岩コーナーを設け、名寄岩の化粧まわしや板番付、愛用品などを展示しています。また、博物館2階の研究室には、名寄岩に関する新聞・雑誌記事、図書、写真を整理・保管し、希望者が閲覧できるようになっています。
写真

化粧まわしは昭和11年6月30日に名寄町の名寄岩後援会より寄贈されたもの

名寄岩データ表
所属部屋 立浪
初土俵 昭和7年5月場所
十両昇進 昭和11年5月場所
入幕 昭和12年1月場所
最終場所 昭和29年9月場所
最高位 大関
幕内在位 44場所
幕内成績 292勝279敗33休
勝率 0.511
三賞 敢闘賞2
身長 173センチメートル
体重 127.5キログラム
得意手 左四つ、吊り、掬い投げ
年寄名 春日山
没年月日 昭和46年1月26日(56歳)

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